子どもの「スマホ依存」、どう向き合うべきか?

 

子どもとスマホの向き合い方について記事をご紹介いたします。

オルソケラトロジーとは一切関係ない記事ですが、お子様がいらっしゃる方にとっては非常に重要であり、真剣に考えるべき内容となっておりますので、ぜひご覧いただけますと幸いです。

 

子どもの「スマホ依存」、どう向き合うべきか? 取り上げる事が「解決」ではない場合も

子どもがスマホばかり見ている……。

 こう不安に感じる保護者は少なくないのではないか。特に新型コロナウイルスのまん延に伴う外出自粛の措置下では家族が一緒に自宅で過ごす時間が延びる分、目につきやすい状況でもあった。では、利用時間を制限したり、端末を取り上げたりすれば良いのか? 家庭の事情により学びや食事の機会がない子どもらを対象とした食事付き学習塾を東京・新宿区で運営し、多くの家庭を見てきた濱松敏廣さん(43)は、問題はそう単純ではないと指摘する。どういうことだろうか。考察いただいた。

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貧困や家庭内暴力(DV)などの状況に置かれた子どもの教育格差の是正を目的に、新宿区で週に一度の食事付き個別指導型無料塾「ステップアップ塾」を開いて6年、土日祝日を除きオープンしている食事付きトレーラーハウス型自習室「STUDY CAMP」の開設から1年半余り(※)。家庭の事情を抱えるさまざまな小・中学生や保護者と接していると、学習の範囲を超え生活に関する悩みを打ち明けられることも少なくない。

 彼らの声に対して、ただただ耳を傾けるだけの場合もあれば、精神保健福祉士などの国家資格を有するボランティアスタッフとともに緊急性を要する判断を迫られる場合もある。

中でも、近年保護者からの相談が増えているのが「スマホ依存」に関する相談だ。コロナ対策としてリモート学習を推し進める学校や有料塾などのサービスが増え、幼いうちからスマホやタブレットなどの端末を扱う機会が多くなっていることに起因することで、今、児童・生徒の教育や成長に関わる全ての人が遭遇し得る事象だ。

 しかし教育に興味のない、もしくは「時間がない」ことを言い訳に子どもたちの置かれた状況や、スマホ依存に陥る理由や背景に目を向けようとしない保護者や教育者は頭ごなしに(1)長時間のスマホ利用に伴う視力と学力の低下(2)過剰なゲーム課金――など表面的な事象に対して怒り、子どもたちとの溝を深めている。

 保護者に限らず、我々大人たちが気付けないほどに多様化が進む「子どもたちの居場所」の視点から、オンライン環境を前提に拡がり得る「親子間の溝」と教育格差について考察したいと思う。

※当塾はコロナウィルス対策として、2020年4月よりオンラインでのリモート学習に切り替えている。

保護者には認識しにくい、子どもたちの相談相手

意外に感じる人も多いかもしれないが、経済的に苦しいことが推測される家庭でも、小学校の高学年ごろになればスマホを子どもに所持させているケースは多い。小・中学生と関わる当塾でも、子どものスマホ利用に関する相談や愚痴が多くの保護者から寄せられる。中でも親子の関係が修復不可能な状態にまで至ることもあるのは「ゲーム時間」に関するものだ。

大人に拡がる暇つぶしの延長にあるスマホ依存と同様の理解レベルで子どもを叱ると、子どもが過剰な拒否反応を示す場合も少なくない。理由は、スマホを取り上げられることで相談相手(友達)を奪われるような感覚に陥るからだ。SNSを禁止すれば済むと考えている大多数の大人はその構図を理解していない。

と言うのも、今やオンラインゲームはユーザーが望む場合、他人とチャットを通じた情報交換までできる、「出会い系交流ツール」という側面があるからだ。一般的なSNSを禁じていようがいまいが、現代の子どもたちは巧みに他人とコミュニケーションを続けている。

 そして相手がたとえ匿名であったとしても、学校の同級生よりゲームと言う趣味を共有している分、親近感を抱きやすい。保護者には話しにくいプライベートな内容を相談しているケースも少なくない。

だからこそ、である。親が子どものゲーム時間を気にしているのであれば安易にスマホを取り上げたり制限をかけたりする前に、子どもたちの居場所や相談相手を奪う可能性があることを理解した上で「保護者自身が」まず現実を受け入れ、スマホにインストールされているアプリの通信や情報交換の機能について学ぶべきなのだ。

現実から逃れる「居場所」

前回の記事(※関連記事:学習塾の自粛で“居場所”失う子たち)で私は自らのDV経験を含む生い立ちについて書かせていただいた。家庭に事情を抱えている子どもは、保護者の想像以上に親への気遣いをしている場合が多く、気疲れを強いられている可能性があると考えている。

 例えばDV家庭で言えば、子ども心にも家庭に関する他人への相談は「親が警察に連れて行かれてしまうのではないか?」と言う恐怖がある。さらに、親がDVの事実を隠そうとしていれば、距離が近い友達や大人に対してはかえって心を開きにくいマインドを醸成しやすくなっていく。相談相手のいない子どもはどんどん追い詰められ、家の外に居場所を求める子どもの一部はグレてしまうのだ。

 たとえ束の間の仮想空間とは言え、見たくも聞きたくもない現実の苦しみから逃れることのできる、オンラインゲームというコミュニティ空間。大人にとっては「たかがゲーム」、そして「怪しい匿名人の集う、子どもに関わらせたくない空間」かもしれないが、子どもにとっては自分を子ども扱いせずに悩みを聞いてくれる相談相手がいる場所かもしれない。問答無用に全ての通信環境を取り上げてしまうのは親子間に溝を作るだけである。決してオススメできる方法ではない。

 この事実に気付いたきっかけは、去年のこと。「中2の息子がスマホ中毒になった」と悩む母親からの相談を受け、三者面談の中でゲームを止めるよう私が彼に説得を試みた時のことだった。

「お世話になっている人が(オンラインゲームに)いて……あ、いや、なんでもないです」

 受験までの時間と言う現実を見せつけ、ゲームを止められない理由を訊ねた私に対し、彼は途中で言葉を飲み込んでしまったのである。内心私が「しまった!」と感じたのは、言うまでもない。

「自分に興味を持ってくれる存在」を求める子どもたち

仕事にせよプライベートにせよ人は価値観を共有出来る場所や相手を求め、探し続けながら生活を続ける生き物だ。大人であれば家庭や職場・アフターファイブに、子どもなら家庭や学校・習いごと教室へと、居場所を変えて人生をさまよう。

 ただ我々大人が子どもたちのためにも強く認識しなければならないことは、大人に比べて子どもの選択肢は少ない、という現実だ。学校でいじめられて「嫌なら逃げろ」と言われても、学校や習いごとなどの教室に関する選択権はたいてい親に委ねられている。手元でボタンを押すだけで必要な情報を集めることができ、友達まで探すことのできるスマホに子どもが依存をしてしまうのはある意味仕方がない。「時代の変化」なのだ。

 しかし誰にとっても厄介な問題は、ぱっと見でグレている子が分かる時代と異なり、今の子どもは一見しただけでは彼らの置かれた状況が分かりにくいことにある。彼らの異変に他人が気付くには、それこそ気の長くなるような覚悟とたくさんの目による「見守りシステム」が本来は必要であり、学校でその異変に気づいてもらえない子どもたちの多くは習いごとやスマホでの交流を通じて、その淋しい心を満たしていく。

さらに塾や習いごとに通わない(通えない)子どもたちは家と学校のみの行き来となりがちなため、その補完がスマホ以外になくなることも多いだろう。教育格差問題の本質はスマホ依存における問題の本質と同様に、家庭の経済的な理由により塾に通えるか否か、もしくはスマホを持たせるか否かと言う表面上の話だけでは決してない。社会生活の中で疲弊し余裕をなくした大人が家庭や学校環境において子どもたちの心を無自覚に押しつぶしてしまうという社会的構図にこそ、存在する。

 結果として生じた格差を問題視するよりも、学習機会の公平性を子どもたちに保証し、大人が作り上げた家庭および学校の環境によって生じる学力差=「環境学力差」を埋めるべく社会は努力するべきなのだ。

またこれは当無料塾が設立以来大切にしている子どもたちへの気配りであり、リモート化の進んだ現在も一人の生徒に対して複数人の講師がチーム制で見守りを実践することでかなりの効果をあげているため断言できる現実だが、今も昔も子どもたちが求めているのはただ一つ。「自分に興味を持ってくれる他人の存在」である。その存在がいない、もしくは交流を脅かされたとき、人は不安を募らせ爆発する。

 多くの家庭でインターネット環境が整備されている今、インターネットや携帯端末への「依存」が表面化し、それらに端を発して家庭の溝が生まれてしまうのは必然かもしれない。ただ子どもをに寄り添い、溝を生まない・修復したいと望むなら、まず保護者自身が子どもへの関わり方を見直し、スマホやPC等の通信機器の功罪について詳しくなるしか方法はないのだ。

 子どもの成長は、待ってくれないのだから。

 

引用:子どもの「スマホ依存」、どう向き合うべきか? 取り上げる事が「解決」ではない場合も

YAHOO!JAPAN THE PAGE

 

子どもがスマホ依存になった場合、どんな親御さんでも心配すると思います。しかしながら、ただ単に使用時間に制限をかけたり、取り上げるのでは何の解決にもなりません。
まずは、親子の関係性を見直し、家庭全体や子どもの学校の環境など、根本的な部分を把握することが解決への一歩となるのではないでしょうか。
また、スマホ依存と言えど、頭からスマホが悪いと否定するのではなく、良いところも悪いところもフラットな目線で見てあげることが大切ではないかと思いました。

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