60歳で70%が白内障…手術には「近視がなおる」メリットも?
本記事は、はんがい眼科・板谷正紀院長の著作、『「自分だけ」のオーダーメイド白内障手術』より一部を抜粋して、白内障の実態と、白内障手術における眼内レンズ選び方について見ていきます。
80歳のほぼ100%に「白内障」が認められる
本来は透明な水晶体がにごるのが白内障です。にごった水晶体は光を通しづらくなるので視力低下や眼のかすみ、まぶしさ、ものが何重にも見えるなどの症状がでてきます。とくに夕方や夜間、強い光源があるとその周囲にハレーションが広がり、周囲のものが非常にみえにくくなります。これが典型的な白内障の症状のひとつです。
白内障の原因はよくわかっていませんが加齢によっておこる場合がほとんどです。60歳で70%、70歳で90%、80歳でほぼ100%に白内障が認められるとされています。一度にごってしまった水晶体は元に戻せません。そのためある程度進行すると、にごった水晶体を取りだして眼内レンズと置き換えるしかないのです。
それが白内障手術です。角膜を切開して水晶体を包む「ふくろ」に直径6㎜くらいの丸い孔をあけ、核とよばれる部分を超音波でミルク状に破砕し、残した水晶体の「ふくろ」(水晶体囊)に透明な眼内レンズを挿入します。何も問題がなければ10分かからない短時間の手術です。麻酔も点眼薬でおこなえる痛みの無い手術です。
単焦点レンズの場合は遠くにピントを合わせれば翌日からよく見えるようになります。近くに合わせた場合は、術後創口が安定する2ヶ月後くらいにメガネを作ることになります。多焦点レンズは、人によっては視力が出るのに時間がかかりますが、多くは翌日からよく見えます。
また眼内レンズの素材が進歩し、丸く折り畳んだまま挿入することが可能になりましたので、切開する部分も小さくてすむようになりました。そのため傷の治り具合も早くなり、日帰りの手術が増えています。日常生活を普通に送りながら白内障を治す時代になったのです。
加齢によってだれにも白内障はおこりますから、高齢者を中心に白内障手術は年間100万件以上も行われる超メジャーな手術になっています。
「眼内レンズ」で近視以前のクリアな世界を取り戻せる
白内障手術は白内障でにごった水晶体をとりだし特殊なプラスティックでできた眼内レンズを入れる手術です。この手術でもちろん白内障の症状はなくなりますが、それだけではありません。水晶体を眼内レンズにおきかえることで、さまざまな素晴らしいことがおきるのです。それは多くの人をハッピーにしてくれます。
たとえば強度の近視の人が眼内レンズを入れるとどんなことがおきるのでしょうか。近視は学童期に目の前後の長さ(眼軸長といいます)が急速に伸びてピントが網膜の前にきてしまい、凹レンズで矯正しないと視力のでない症状のことです。強度の近視になると分厚い凹レンズで矯正しても視力がでにくかったり、視界のゆがみが生じたりして日常生活に困ることすらあります。
朝起きても周囲はぼやけていて、メガネも置き場所を決めておかないと探すのにも一苦労。そんな強度の近視でも、白内障の手術で適切な眼内レンズをいれれば、きちんと網膜面に焦点を結んでくれるようになり、朝起きても部屋の壁がくっきり見えるようになるのです。
その眼内レンズが多焦点レンズであれば、遠距離から近距離まで見えるようになり、手術から一夜明ければ近視になる前のクリアな視界を取り戻せるのです。忘れていた常にピントが合うという世界が甦るのです。
もちろん多焦点眼内レンズでなければ、こうしたクリアな視界を取り戻せないわけではありません。強度の近視の人にとって、単焦点眼内レンズと薄いメガネの併用でも、十分に世界は変わるのです。
乱視も同時に治療「メガネいらず」の生活が可能に
乱視とは角膜のカーブにアンバランスができ、それが原因でものが二重に見える症状のことをいいます。乱視の症状だけがあることは少なく、近視や遠視といっしょに乱視の症状がでるのが普通です。ただでさえ見えにくい強度の近視や遠視に強い乱視が混じると、メガネのレンズによる矯正は非常に困難になります。
こんなときにも切り札となるのが白内障用の眼内レンズです。最近は多焦点眼内レンズにも乱視に対応したものがでてきたので、これを入れれば白内障手術で乱視をいっしょに治すことができ、メガネいらずの生活をすることが可能です。
ちょっと前まで乱視矯正用の眼内レンズはトーリック眼内レンズという単焦点眼内レンズの独壇場でした。2009年に日本でも承認され、一般の単焦点眼内レンズと同じように健康保険で手術が受けられます。ほとんどの乱視はトーリック眼内レンズで矯正できるため、保険診療でも白内障手術と同時に乱視も治療できる時代になりました。
眼内レンズによる乱視の矯正には、角膜の形状を精密に検査する必要があります。その検査に活躍するのが前眼部OCTという検査機器です。これによって角膜の形状が表も裏も精密に測定できるようになりました。
「多焦点眼内レンズ」と「遠近両用メガネ」の違いとは
遠視や近視が水晶体の屈折の異常であるのに対して、加齢とともにだれにでもおきる老眼は水晶体のピントを合わせる能力が衰えておきる症状です。
白内障の手術をして多焦点眼内レンズを入れると遠方から近方までピントが合うようになるので老眼の症状もかなり改善します。先に触れました単焦点レンズのように自然な見え方で好評な焦点深度拡張型の多焦点レンズは、30㎝の手元がやや見えにくいという傾向があります。そこで手術をした方には、普段はメガネなしで生活して、長時間の読書をするときなどは「100均」で売っているような簡易なリーディング・グラスを本を読む部屋に置いておいて併用するといいですとアドバイスしています。
また遠距離、中間距離、近距離の三つの距離にピントが合うトリフォーカル眼内レンズを入れれば、完全にメガネから解放されることが可能になります。
50代になって老眼が進むと遠近両用メガネが手放せなくなる人が多くなりますが、前にもふれたように多焦点眼内レンズが遠近両用メガネと決定的に違うのは、同じ視線上で遠景と近景が見られることです。
「視野のどんな場所でもはっきりピントが合うのは気持ちがいい」
それまで遠近両用メガネをかけていた患者さんには好評です。
あまり知られていませんが、単焦点眼内レンズを挿入するとまさに老眼になるのです。40代などまだ老眼の症状が自覚されていない年齢で単焦点眼内レンズを入れると急に始まった老眼の症状を辛く感じるでしょう。高齢の人は、そもそも老眼が進んでいるので、老眼自体に違和感を覚えることは少ないでしょう。このように年齢によって感じ方は異なりますが、残りの人生の時間で老眼から解放された生活を送りたいかどうか、どこまでを白内障手術に求めるかは人によって異なります。
一晩で失明することもある「急性緑内障発作」とは?
白内障手術を受けるメリットについて緑内障専門医として声を大にしていいたいのは「白内障手術で緑内障のリスクまで減らせる」ということです。
え? 白内障手術で緑内障が? と奇異に感じる人もいるでしょう。
緑内障は別項でくわしく書きますが、日本人の失明原因の第1位であり続けている怖い病気です。原因や症状はさまざまです。なかでも症状が激しいのが急性緑内障発作です。激しい頭痛と嘔吐感を伴うので、消化器系の病気を疑われ、内科を受診する患者さんも多い発作です。そのため医師の国家試験に、この病気を鑑別する問題が度々出題されるぐらいです。
急性緑内障発作は目の中を循環している水(房水)が突然、出口を失い急激に眼球内の圧力(眼圧)があがることによっておきます。房水が排出されなくなる原因のひとつに瞳孔ブロックがあります。これは加齢や白内障によって水晶体が膨張し、虹彩(瞳をつくっているもの)との間の空間を塞いでしまう症状です。
こうなると虹彩の前側より後ろ側の圧力が高まり、虹彩の表側の付け根部分にある隅角と呼ばれる部分を塞いでしまうのです。隅角には房水を排出するシュレム管があり、房水はここから血液中に排出されます。ですから、ここが塞がると房水は逃げ場を失い一気に眼圧が急上昇するのです。急性緑内障発作は、すぐに適切な処置を行わないと数日、状況によっては一晩で失明することもある非常に危険な発作です。
もうおわかりのように白内障で膨張した水晶体を摘出し眼内レンズに置き換えることで急性緑内障発作のリスクは100%無くなるのです。
このように隅角が狭い緑内障を閉塞隅角緑内障と言います。閉塞隅角緑内障にはゆっくりすすむタイプもあります。急性緑内障発作が瞳孔ブロックによるものであるのに対して、水晶体の膨張などで先に隅角が狭くなると(狭隅角)、徐々に虹彩の根元がシュレム管の入り口である線維柱帯に癒着して塞がってきて(閉塞隅角)、房水の排出が悪くなり、ゆっくりと眼圧が上がります。このタイプは眼圧の上昇がゆるやかなので痛みがなく気がつきにくいことがやっかいです。眼圧が長期的に高くなることで、徐々に視神経を傷つけ気がついたら末期ということもあるのです。
白内障手術で水晶体を眼内レンズに置き換えると、狭隅角や閉塞隅角が解消され、開放隅角と呼ぶ状態になります。このときまでに視神経が傷ついていなければ、狭隅角や閉塞隅角が原因の緑内障のリスクは永久に排除することができるのです。大切なのは、自分が狭隅角かどうかを知っておくことです。どのような人が狭隅角になりやすいのか? 狭隅角の人が急性緑内障発作を防ぐには生活で何を気をつければ良いのか? それは後に詳しくお伝えします。
引用: 60歳で70%が白内障…手術には「近視がなおる」メリットも?
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