幸せ感よぶ脳内ホルモン 「エンドルフィン」の作り方
一日に一度は「ウフフ、エヘヘ」も
過去のできごとを悔やみ将来を悲観しながら生活するより、今を楽しみ希望を抱いて過ごす方が生活の質は高まる。元気に暮らす人たちに共通する特性だという。そんな姿勢をどうやって身につければよいのか、なかなか難しいが、手掛かりはある。脳内ホルモン「エンドルフィン」をうまく作り出す工夫を凝らすと、日々の幸せ感を高められるようだ。
■「闘病の痛み軽減」
「闘病中の人でも楽しみを見いだす人は、先々を悲観する人に比べ痛みを訴える頻度は低く、治療の効果も高い」
呼吸器外科が専門で肺がん患者を長く診てきた山王病院の奥仲哲弥副院長は、患者の気持ちのあり方によって、生活の質や時には治療の効果まで大きく違うと実感してきた。背景には様々な要因がありそうだが、代表的な脳内ホルモン、エンドルフィンが大きな影響を及ぼしているのではないかと考えている。この10年間に様々な論文を調べ「エンドルフィンの放出量が関係しているに違いない」との思いを強くしている。
エンドルフィンが関係している代表的な現象は「ランナーズハイ」だ。1980年代に運動生理学の研究から、心肺機能を高める運動をすると脳内にエンドルフィンが放出され、高揚感や満足感が高まる結果が明らかになった。ストレスを緩和するために起きる現象ととらえられている。
強い信念を抱いている状態や褒められたり笑ったりする時、恋愛感情で心がときめいている際にもエンドルフィンが脳内で作られる。脳内ホルモンに詳しい東京都医学総合研究所の池田和隆参事研究員は「エンドルフィンはゆったりした気持ちよさを誘う。神経を興奮させて気持ちよくなるのではなく、幸せ感を高めてくれる」と解説する。
奥仲副院長は、電車の待ち時間などを利用して深呼吸をする方法など、エンドルフィンの放出を促す「7つの心得」を提唱する。
ランニングは最初にエンドルフィンの効果が確認された方法だが、疲れた日だと「今日は走りたくないな」と感じるため、実行のハードルが高い。日常の生活の中で「おしゃれなど自分が楽しいと感じる対象や、手紙など人が喜ぶような事柄を探す方が手っ取り早い方法だ」と説いている。
■体調に合わせて
入浴もエンドルフィンの放出を促す。科学的に確かな証拠が上がっているのは、1日4回。時刻を決めてセ氏47度と熱い湯に3分間つかるという極めて特殊な入り方だけだが、温泉療法専門医の早坂信哉・東京都市大学教授は「高血圧や心臓に疾患のある人には勧められない方法だ」と話す。健康へのリスクもよく考える必要がある。
早坂教授らは静岡県と協力して2012年、県内の成人6000人を対象に、毎日お風呂に入る人と週7回未満の人の幸福度の高さを比べた。毎日入る人で幸福度の高い割合は53.9%だったのに対し、週7回未満の人の場合は44%にとどまった。毎日入る人の方が健康状態も良いと予想されるのに加え「入浴習慣がエンドルフィンの放出に関係している可能性がある」(早坂教授)。温度や時間に縛られず、お風呂を楽しんでも十分だろう。
疲れた後に糖分や脂肪分の多い食べ物を食べてもエンドルフィンが出る。だからといってチョコレートやアイスクリーム、霜降り肉ばかりを食べ続けるのは肥満を招くし、糖尿病や脂質異常症など生活習慣病の原因になる。奥仲副院長は「食事制限でストレスを感じるのと、好きなものを食べて幸福感を得るバランスをうまく取ろう」と付け加える。
長寿な人には生活を楽しんでいる割合が高い。持病をかかえていても自分は幸福だと感じている。エンドルフィンが関係しているとみられているが、科学的にはっきり証明されているわけではない。エンドルフィンを多く作れる人が、自立して健康な生活を送れる寿命も長いという研究報告もまだない。
人間でエンドルフィンを調べる研究はなかなか難しい。都医学総研の池田参事研究員は「健康との関連は面白いテーマ。これから興味深い成果が出てくるだろう」と展望している。
(編集委員 永田好生)
▼エンドルフィン 脳の中心部にある下垂体が作り出すホルモン。1970年代半ばに英国のグループがブタで、米国のグループが子牛で発見した。痛みやストレスが加わったときに放出され、痛みを和らげる作用をもつ。似た作用があるホルモン、エンケファリンとダイノルフィンを合わせて「脳内モルヒネ」とも呼ばれる。
脳内で多く作り出されると、働きを抑える別のホルモンが働き分解もされるので依存性は起きない。多幸感をもたらしたりかゆみを引き起こしたりする様々な作用が見つかっている。
[日本経済新聞夕刊2016年10月13日付]
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