眼科で検査しても「異常」が見つからない目の病気が増えている理由

眼科を受診しても「異常」が見つからないとして、相手にされない「目の病気」が増えている 

治療をしても改善されないドライアイは「眼瞼けいれん」かも

普通、「目の病気」といえば、緑内障、白内障、はやり目(流行性角結膜炎)、ドライアイ、飛蚊(ひぶん)症、加齢黄斑変性症あたりを思い浮かべる人が多いだろう。これらは主として眼球に異常が生じる病気だ。

しかし、若倉雅登医師(井上眼科病院名誉院長)によると、視覚の不調を訴えて眼科を受診した人の中には、検査を受けても「(眼球に)異常はないので、目の病気ではない」と突き放されてしまう人が多いらしい。ちなみに井上眼科病院は1881(明治14)年に創立された日本でもっとも歴史ある眼科専門病院だ。

「ほとんどの眼科医は、眼球に異常がなければ、見え方にも問題はないと考える。でも眼球ではなく、『脳』や『視覚の回路』が原因で見えなくなる病気もある。目の病気を眼球の異常としか捉えない、眼科医ならぬ『眼球医』には分からないのです」

そんな病気の代表は「眼瞼けいれん」だ。若倉医師が開設する神経・心療眼科外来では、患者のおよそ40%を占めているという。

「けいれん」という病名がついているので、何となく「ピクピクする病気」と思われがちだが違う。片側の目の周りや、頬や口がピクピクと動く病気は「顔面けいれん」。眼瞼けいれんのほうは必ずしもピクピクはしない。自由に目が開けにくくなったり、瞬きが増えたりする、いわば目の開け閉めのスイッチが故障した状態となる。

主たる自覚症状は「まぶしい」「目が乾いた感じがする」「目をつぶっているほうが楽」あるいは「自然と両目あるいは片目が閉じてしまう」など。パソコンやスマホで目を酷使する人が増えている影響で増えている「ドライアイ」と似ているが、ドライアイの治療をしてもよくなることはない。

「私は、ドライアイと診断されている患者さんの、10分の1程度は眼瞼けいれんだと考えています。日本眼科学会のホームページによれば、ドライアイの患者は800万から2200万人存在しているので、一般の眼科医は、1週間に数人の眼瞼けいれん患者を診ても、よりありふれたドライアイと診断してしまう可能性があります」

眼瞼けいれんは、40~50歳以上に多く、女性は男性の2.5倍もかかりやすい。目がまったく開けられないほど重症な例は少ないが、一見しただけでは分からないような軽症例を含めると、日本には少なくとも30万~50万人以上の患者がいると推定されている。とくに、睡眠導入薬を連用している人は注意だ。

以下は、若倉医師に教わった、ドライアイにはない「眼瞼けいれん」の7つの特徴だ。複数当てはまる場合には、眼瞼けいれんである可能性が高いので、一般の眼科ではなく、神経眼科の受診をお勧めする。

※日本神経眼科学会のホームページ内、「神経眼科相談医」から探す
http://www.shinkeiganka.com/

1.目を細めてまぶしそうな表情をする
2.薄目で下向きの姿勢が楽だと気づいている
3.素早い連続的なまばたきができない
4.薄暗いところでもまぶしさを自覚する
5.両目を開けているより、片目をつぶると楽
6.ものや人にぶつかりやすい
7.突然金縛りにあったように目が開かなくなる

 

視覚を邪魔するノイズでへんなものが見える病気の数々

若倉医師の元を受診する患者の多くは、視力は正常で、眼球には特に問題がないのに「見えない」、あるいは「見るのがつらい」。その不便さ・不快感を健常者に少しでも正しく伝えるために、若倉医師はそれらの症状を「眼球使用困難症候群」と名付けた。

眼球使用困難症の中には、視界を邪魔するノイズのせいで、見たくないものが見えてしまう病気もある。

例えば、何らかの病気などで視力低下したり、しかけている人に出現しやすいのだが、現実には存在しないはずの模様や風景、人や動物などの姿が見えてしまう。

これは「シャルル・ボネ症候群」と呼ばれる現象で、網膜などの病気によって、脳へ到達する視覚信号の量が減少すると、脳に貯蔵されていた像で減少した分が補われる現象だと説明されている。

「患者さん本人は、そこに存在しないものが見えていることを認識しているので、そんなあり得ないことを口走るのははばかられるからと、誰にも話さずにいるケースが少なくありません。それゆえ、正確な患者数は分かりません。

幻視があることで知られる『レビー小体型認知症』では、本人が幻視の対象を実在していると思い込み、妄想にまで至ってしまうのが通常ですが、シャルル・ボネ症候群の場合は、見えている本人に幻視の自覚があります」

若倉医師の患者で、自身も医師である男性は、「最近は風呂に入ると、一緒に何人かが漬かっているのを見ます。残念ながら野郎ばかりなんですがね」と、笑って報告したらしい。これほど、割り切っていられる場合はいいが、たいていの人はそうはいかない。

一方、これは病気で見えにくくなった人に出る現象ではないが、視野全体にいつも小雪が降っているように見えるのは「小雪症候群」とも呼ばれている。

「この現象は、眼球のなかで起こっているものではありません。視覚に関係する脳のどこかに発生している過敏状態、あるいはノイズが原因であろうと推定されています。

欧米では片頭痛の関連症状として報告されていますが、私が診察している小雪症候群の患者さんには、実は困っている人は多くありません」

視覚ノイズとしては、文章の行間が光って見える学習障害のひとつ「視覚ストレス症候群」、片頭痛の前兆として出現することのある「閃輝(せんき)暗点」や、片頭痛患者でなくても(健常者でも)目をつぶったときなどに光の点や渦などが見える「光視(こうし)症」など、さまざまな種類がある。

国による支援から除外されている目の高次脳機能障害

眼球使用困難症には、「高次脳機能障害」が原因で起きるものもある。高次脳機能障害とは、ケガや病気による脳損傷に伴う認知行動障害で、身体のいろいろな場所に影響が及ぶが、「視覚の高次脳機能」の問題は、国による相談支援の対象から除外されており、患者は孤立無援の状況にある。

「私の患者さんには、不注意なオートバイにぶつけられて転倒、入院した後、ぼやけてものが見えないようになり、我慢して見ようとすると、めまいやふらつきが生じ、光にも弱くなって目を開けていられない状態で、仕事もできなくなって、受診してきた方がいます。

遠方にも近方にもピントが合いにくい状態なので、見ている対象物の距離に従って、目の位置と焦点を調節する脳の機能が故障しているものと推定されますが、それをうまく証明する検査法がありません。

推定はできても、脳は直接打撲していないことや、画像診断では異常が見られないことから、彼女の訴えが、疑いのない真実だと誰もが認めてくれる状態にないのです。

加害者や保険会社はそれを理由に、目の症状は救済対象として認めないばかりか、保険金目当ての詐病ではないかと、疑っているふしもあるようです」

さらに、頭頚部に直接打撲がなくとも、異常な外力やねじれが生じた結果、その上方に位置する頭頸部が損傷し、視覚の高次脳機能障害になることもあるし、転んだ直後には大丈夫そうに見えても、脳脊髄液が漏れることで視覚異常と記憶障害が起きてくることもある。

「神経の微細な損傷はMRIに写らないため、前者の場合、病気と認められない現状があります。後者については、髄液が漏れていること(脳脊髄液減少症)ことが分かれば、2016年から保険適用になったブラッドパッチ治療が受けられ、早期発見すれば一部の症状は劇的に回復しますが、この病気を発見したグループの見解に反対する医師も少なからずいたため、保険適用になるまでは非常な苦労がありました」

このほかにも、眼球には異常がなくとも、視覚に不調を来す病気は多々あるが、診断できる神経眼科医は、日本に1万4000人いる眼科医の中に200人いるかいないかの少数派で、社会的関心も低いのが現状だ。

「一般の眼科医は眼球医で、視覚全体を診ようとはしません。目は快適でなければいけないのに。

例えば健常者であれば、歩くのに足のことを意識したり、何か作業するときに、手のことを意識したりはしませんよね。

同じように、ものを見る際にも、目のことを意識しないで、自然に見えていなければ快適じゃないわけです。だけど自分が快適に見えているのかどうかなんて、普通の人は考えない。

いったん不快になったら、こんなに不便なことはないのに。見えることは、人間の生活には欠かせない機能の1つです。

ある新聞社の人が言っていました。新聞の健康欄に、一番多く質問が寄せられるのは、目のことなんだそうです。

生死には関係ないけど、最も身近で、最も不具合が影響するのが目や視覚なんですね」

それほど大切な機能であるにもかかわらず、眼科を受診しても相手にされず、どうしたらいいか困っている人は、実は物凄く多いのではないだろうか。読者の周囲にも、きっといるに違いない。

◎若倉雅登(わかくら・まさと)
井上眼科病院(東京・千代田区)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学大学院医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。『医者で苦労する人、しない人――心療眼科医が本音で伝える患者学』『絶望からはじまる患者力』(以上春秋社)、『心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因』(集英社)、医療小説『蓮華谷話譚(れんげだにわたん)』(青志社)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組んでいる。

 

 

 

引用: 眼科で検査しても「異常」が見つからない目の病気が増えている理由

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